*ルオ族とは?
語族で括るとナイル・サハラ語族の西ナイル語族に属しケニアの南西部ビクトリア湖付近のニャンザ州や
ビクトリア湖沿いにタンザニアの北西部にも住んでいる。尚、ウガンダにもルオ族が居るというが
僕の経験ではルオ語が通じなかったし、同じ語族のランゴ語やアチョリ語が総じてルオ語と呼ばれていただけ
かも知れない。ケニアッタ大統領の時代からケニアの最多数民族(キクユ族)
の対抗馬みたいな形で対立し
現(2011)ライラ総理大臣もルオ族出身。また、米国大統領(オバマ)も父親がルオ族だそうだ。
*ニドゥオンゲとは??
ルオ族の手ではなく棒で叩く太鼓
で、現在では奏者によって複数(5個以上)を一人で叩くが
私が師事したC・オウコ氏によると、元々は2人1組で各自が一つの太鼓を叩いてベースを作り
その上にオハングラが絡むといった形のアンサンブルであったようだ(簡素なJunJun等といった感じ)
そして、この形になったのも近年らしく、太鼓の胴にあたる部分も現在ではペンキ等の空き缶が使われている。
勿論、胴が空き缶なので所謂
“胴鳴り”
はしないが、元々木胴だったモノが、持ち運びの軽さと、わざわざ
木を刳り貫いて作らずとも簡単に手に入る(廃品利用?)ためにこの空き缶になったのであろう。
私見だが、ワリとNGOMA好きだったケニアッタ大統領は、色々な理由で閣僚云々はキクユ族に集中させたが
ボーマス・オブ・ケニアでは海岸地方やこのルオー族を始めとする西側のNGOMAを多く取り入れた為
その扱い易さや音色・音量の豊かさで広く受け入れられたのだと思う。
それが今の私の悩みなのだが、、、
よって、現在ではケニアの色々なグループがこの太鼓をアンサンブルの中心(又はベース)に取り入れている。
さて、同じルオ族でもNGOMA
で括るとシアヤ地域と南ニャンザ地域とで顕著な違いがあり
オルトゥと呼ばれる1弦楽器がこのシアヤと南ニャンザ両方で使われるが合奏する場合は
(元々ソロだった可能性が高いが)シアヤではニドゥオンゲの源流+オハングラのセットで
南ニャンザではサンドゥク(箱型の入れ物)を利用した打楽器が相方を務めたらしい.。
したがって、シアヤ地方がこの太鼓の源流と言えそうだが、そんな事はお構いなしにケニアと云う国は
誤解を承知で云えばナイロビを中心として、NGOMA的には急速にダメな国
になってきている為
このニドゥオンゲと云う呼び名さえ既に無く、単に
“ルオ族の棒で叩く太鼓” とか、“オルトゥで叩く棒の太鼓”
と
いった呼び方が一般的だ。実際、本来の楽器“オルトゥ”無しでも、この太鼓とマニャンガ(シェイカー)+ベルだけで
“オルトゥ・ダンス”と呼ばれている。
多分、日本でこの太鼓を “ニドゥオンゲ” と態々呼んでいるのは
私と同じくC・オウコ氏に師事した水川勝利君
だけであろう。
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これがニドゥオンゲです。番号は高い方から
順番に1〜6まであります。1番と2番はアンゲニャ と呼び
曲間のブリッジや踊りのフォーメーション等で
結構楽しいシンコペを叩きます。この2つは非常に高い音を
必要としますが、他は中低音の、 特に5番は伸びのある低音
が必要
なので、あまり熱で乾かしません。
ナイロビ日本人学校 で教えた時の写真。
僕は右利きなので前列左に6番のベースが来て
右手でアンゲニャを叩く形になる。この日もたった1日で
大人も子供もみんな叩けるようになった。
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